運命愛を血で書き綴るしかない内面世界の隠棲者として、そこらの有象無象とは桁が違う閃きをもってして、その深山幽谷の超越世界で芸術を育み、それが根を張って版図を広げているならいいが、雑念や煩悩が遊弋しているだけならば、脳のリソースの多くは外面世界に割かなければならない。

ADHDは気が散っているだけであるし、まともな内面世界の持ち主とは言えない。
塵芥を撒き散らす一人遊びであり、白日夢が散乱しているだけである。
気が散っているのは悪事でないから悪く無いとADHDは言い張るが、これは自分と相手の立場を入れ替えてみる想像力がないから、そういう主張をするのである。
たとえば自分が話をしているのに、相手の気が散っているという状態をイメージすれば、それは決していいことではあるまい。

ADHDが「人の話を聞け」とか「ちゃんと返事をしろ」と言われるのは、ボケ老人の枠だからである。
気が散っていて聴いてない可能性があると思われているから、アホみたいな確認作業をされる。

本当は会話に返事など必要ない。
礼儀の問題として、目上の人には「はい」「そうですね」と相槌をたくさん打つ必要もあるだろうが、これは馬鹿丁寧な対応である。
へりくだった馬鹿が求められているならいいが、相手の話に興味を惹かれている様子を見せるほうが、おそらく印象はいいはずなのである。
人の話にちゃんと注意を向けて、関心があることを示しながら、黙ってそれについて考えているという仕草をしていれば、なんか思慮深そうに見えるわけである。

「注意を向ける」というのはアタリマエのことすぎるのでわざわざ説明されない。
よほど深刻な自閉でない限り、注意という心の目線は見えているはずなのだが、やはりADHDは鈍いのであり、それに自分の中の雑念と戯れるのが好きであるから、完全な盲目ではないにも関わらず、その不明瞭な曖昧模糊とした世界と訣別できない。







スポンサードリンク

最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
リンク
スポンサードリンク
RSSフィード
プロフィール

ukdata

Author:ukdata
FC2ブログへようこそ!

katja1945uk-jp■yahoo.co.jp http://twitter.com/ukrss
あわせて読みたい
あわせて読みたいブログパーツ
アクセスランキング