自分がよく知らないジャンルの作品に対して「みんな同じ曲に聞こえる」とか「全部同じように見える」という感想をわれわれが抱くことはあるわけだ。
言うまでもないが、文字通り本当に同じ曲に聞こえるわけではなくて、自分がそのジャンルに共感できず、機微を捉えることが出来ない、もしくは機微をとらえるつもりがないことを強調してるだけである。

猿真似とか劣化コピーという表現を用いることがある。
これは著作権侵害と言っているのではなく、本家本元を劣悪な形で模倣した場合のことである。
剽窃ではないが、あまりにも出来の悪い模倣をしているということであろう。
よほどひどくなければ、模倣は許されるし、オリジナルとして諒承される。
ライトノベルで本当に丸写しにした作品が時たま盗作騒動として話題になる。
これは丸写しが許されないだけであり、ラノベは全体的に猿真似ばかりであろう。
もちろんエポックメイキングな作品を挙げることはできるが、それが超越的なオリジネイターではあるまいし、決して無から大廈高楼たる巨塔が創りだされるわけではない。

われわれが他者の作品を参考にして作っていることは歴然たる事実だし、また影響関係は認めてもいるから秘密ではないが、とはいえ、この共同作業が深く考えられているとも思えない。
この人間社会では、文化という無生物がウィルスのように存在していて、それが人体に感染しながら個々の作品が作られていく。
具体的に誰の影響と言うのは簡単だが、実際はそういう具体性がなく、特定の作者ではない文化の全体性から作られていく。
関心がない人が「みんな同じように聞こえる」というのは症状が似通っているからだが、同じ病気でも個性の差はあり、スペクトラムとして偏波している。
われわれは文化を天才の系譜として語りがちだが、それが正しいとは限らない。
文化的に感染した人々があちこちで似たようなことをやりだして、それで熱が上がっていくし、いわば集合知としてノウハウが蓄積され、それを扱う能力の差があるから、ひときわ目を引く傑作を創りだした人が天才と言われるだけである。
同じ文化的病に感染した人は、同じ雑居房に居合わせているのであり、同志として仲間意識を持ったり、もしくは光風霽月たる人ばかりではないから、良くも悪くも反目しあって血で血を洗う地獄草紙のような内ゲバが起こったり、絵が上手い人は絵が上手い人としか交流しないようなカーストもできてくるが、全体としてはひとつの文化圏なのである。

こうやってわたしが書いている文章も、おそらくどこかで目にした意見を自分の意見として書いてる箇所がずいぶん含まれているであろう。
あるいはまともな書籍では参考文献が提示されているが、それだってすべてではあるまい。
わたしが書いている文章は「わたしの文章」ではないということだって言える。
それぞれのパラグラフの記述がどこでどうやって感化されたのか判然としないが、なんかいろいろとウィルスに感染しながら、それが神経毒のように宿っており、自動書記されていくので、誰のものでもないと言ったっていいわけだ。







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