こうやって生身の人間として生きているのだから、肉体の仕様書に縛られている。
一定の時間でどれだけ出来るかというのは決っている。
駅まで徒歩で何分かという場合、個人差はあれど、人間としての目安があるわけだ。
優秀な医師であろうとも、一時間に500人を診察するとか出来ない。
人間的な作業とはそういうものであり、それなりの時間を要する。

いずれ人工知能で診察できるようになったり、もしくは3Dプリンターで建築出来るとか、すでにいろいろテストされており、近い将来に普及するのかもしれないが、完全に機械化されたら、時間は0に近いと言ってもいいわけだ。
たとえば全自動洗濯機で20分掛かるとしても、その20分の間、無人の状態、つまり人間が洗濯機を放置していても差し支えないのだから、掛かる時間は0と言える。

消費する(商品を購入する)という行為は、実は一瞬ではない。
一ヶ月の間にどれだけ使えるか、というのを念頭に置いて、その時間の長さを前提に消費している。
スーパーのレジで何かを買うとして、その消費は瞬間的に思えるが、実際には一ヶ月のお小遣いとか生活費の枠の中で消費しているので、一ヶ月がかりで買っていると言ってもいいのである。

生産に人間的時間(人件費)を要しており、それに応じて消費しているから、経済的な制約がある、というか、生産と消費を一致させようという力が働くので、それなりに均衡するのだろう。

機械が勝手に全部作ってくれて、買いたいだけ買えるとしても、これまた人間的な時間の枠に縛られる。
使いもしないものを大量に購入してもあまり意味はあるまい。
何かを使うにはそれなりの時間がかかる。
同時の二冊の本は読めない。
人間は何をやるにも時間がかかるのである。







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