素朴に考えると、この地球は人間のために作られた、という気がするわけである。
とはいえ、生物の起源から考えれば、酸素は毒だったはずである。
酸素がなければ生きていけないとわれわれは思っているが、海にいた頃は毒だった。
つまり地上には酸素があるからそれを活かすように生物が進化した、だけであろう。

たとえば地上が水銀で溢れかえっていたら、水銀を飲むと健康になるという進化だってあり得たはずだ。
地球がどういう環境であれ、それに合わせて進化していただけの話である。
だから地球が人間に都合よく作られている必要はない。

当然ながら、その星の環境に適応すればいいだけ、と言うのなら、他の星にも生物はいるはずである。
なぜいないのか、それは知らない。
わからないと言うしか無いのだ。

ともかくわからないことだらけながら、地球が人間に合わせる必要はないはず。
人間が地球環境に合わせたのである。

健康-不健康とか、生-死がわれわれにとって重大であり、健康に生きるのが快適であるから、それを大原則としている。
不健康だとまずい、という思い込み、もしくは著しい苦痛があるので、その「健康状態」から世界を判断している。
いわば肉体の交通標識というものがあり、これに逆らうとペナルティとして苦痛が与えられるから、ただひたすら隷従している。

いくら健康でもどうせ寿命で死ぬのだから、燃え尽きる蝋燭の灯りを消さないように東奔西走し、「健康状態」を気にするのか釈然としないし、死期を延ばすために塗炭の苦しみを味わうよりは、さっさと灯りを消してしまったほうが禍いが少ないとも思えるが、家族という連帯保証人への心配もあるし、快楽と苦痛の拷問器具というべき肉体に収容されているので、これに抗うことは出来ず、激しい痛みや、それが癒えていく歓びを人生とか呼んでるわけである。







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