インターネットは本音が発信できてしまうから、ダルビッシュや為末のように「自分のためにやっている」とか「こんな暇があるなら自分のために時間を使ってくださいよ」という言説が平気で垂れ流されるようになったのである。彼らは批判を甘んじて受けるのをやめたのであり、観客を馬鹿にし始めたのだ。われわれネットユーザーはひとりで大量投稿する暇人にうんざりしているから、なんとなく、アスリートの言い分を正論と認めてしまう。このふたりにすべてが帰着するわけではあるまいし、むしろ自分のためにやっているというエゴは幅広く蔓延し猖獗を極めており、それこそ無観客試合こそが理想とも言えるのである。そして現在のわれわれは、かつて他人の勝敗にあれだけ重大な関心を寄せていた自分を不思議に思っているのである。プロ野球の勝敗で狂喜乱舞していたのが、かつての日本の大衆だったが、もはやそんな変わり者は見かけない。おそらく喜怒哀楽のすべてをアスリートに叩きつけることは禁じられており、ただひたすら祝福することだけが求められているから、応援の熱量は下がるしどうでもよくなってしまう。他人の人生に感情のすべてをぶつけていく熱狂的なサポーターが好ましいとは言えないから、それを蔑まれれば反論のしようもないし、この断絶が無関心の輪を広げていくのである。格差社会においてそれぞれの人生が分解していく世情であるから、他人の人生に関心を持たないのが礼儀であるとも言えるし、いつも近所の噂話ばかりしているおばさんも消えたのである。このような散り散りな社会をひとつに纏める役割をアスリートも拒否しているのだが、それはそれとして彼らの権利であろうし、だから関心が薄れているのであり、日本人が金メダルを取っても、どこかの大企業で赤の他人が昇進したようにしか思えない殺風景な世情である。空閨を託つわれわれが持て余している閑暇の埋め草がスポーツでなければならない理由はないので、他のことで暇つぶしをするだけである。オリンピックやワールドカップがどうでもいいという風潮は、決して一時的な端境期ではなく、アスリート自体が暇人という主要顧客を軽侮しているのであるから、スポーツ文化そのものが廃れていくと思われる。







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