なぜテロリストとか通り魔は、無関係の人に刃物や銃を向けるのだろうかと考えると、潜在的に誰もが強者の見方だからと言うしか無い。
だからルサンチマンの対象となりえてしまう。

たとえば喧嘩を仲裁するとして、要するに弱そうな方を止めるわけである。
強い方の味方をするのだから「仲裁」ではなくて「加勢」だと思うのだが、なぜかそうなっている。
止めてあげないと殺される、と思って親切で止めているのかもしれない。
降参しないと殺されるというのはよくよく考えると錯覚でしか無いのだが、われわれは誤謬である本能に従う。
ともかく弱そうな方を羽交い締めにするのである。
この「親切」に対する復讐が通り魔やテロリズムのような気がするのである。
弱い方を羽交い締めにするために集まってくる連中を抹殺したいというルサンチマンである。

われわれは、弱そうな側を「親切」で羽交い締めにするのはやめるべきであろう。
放置しておけばいいのである。
「その人に逆らってはいけない」と止めに入る必要はない。

とはいえ、たとえ傍観を貫いたとしても、「あの人に逆らうなんて馬鹿だな」とか思ってそうだし、おそらく現実はこれに近いであろう。

つまりわれわれは通り魔やテロリストに殺されても文句は言えないのである。
その通り魔に会ったことはなくても、人生の何処かで強い者に加勢をして、仲裁と称して弱い側を止めた経験はあるだろうから、そういう取り巻きの一人として討たれても仕方がないのだ。







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