いわゆるリベンジポルノの話題で「三鷹ストーカー」として必ず引き合いに出されるが、記事には名前が出ない人。鈴木沙彩さんである。池永チャールストーマスに殺され、なおかつハメ撮りした画像がネットに流された人物だ。われわれは死者の尊厳というのを社会的約束にしているが、ここまで尊厳を盾にされると、いい加減棺桶を蹴飛ばしたくなる。なぜわれわれが死者の尊厳を重視するかというと、赤の他人が死んでも本当は悲しくないからである。実は悲しくない。そのことへの負い目なのである。悲しんでないからこそ、われわれはいつも誰かの死に対して、芝居がかった哀悼の意を示している。鈴木沙彩さんが延々と引き合いに出されると、いい加減うんざりするわけだし、実は悲しくないからこそ哀悼するという社会的儀礼が、とても胡散臭い欺瞞として重みを増す。だいたいリベンジポルノとやらが本当に社会的に深刻で蔓延しているなら、そろそろ鈴木沙彩さん以外を事例に出してもいいであろう。もはや鈴木沙彩さん自体が深刻な社会問題である。他人が死んでも悲しくないとなると殺伐とし過ぎなので、われわれは嘘泣きでヒューマニズムを取り戻そうとするのだが、鈴木沙彩さんについて嘘泣きして涙を零そうとしても一滴たりとも落ちてこない。赤の他人が死んでも悲しくないという人類の秘密を叫ばなければならない手前まで来ている。われわれの哀悼の意の裏側にある冷淡な感情を白日の下に晒す除幕式を行わねばならない。リベンジポルノとは、乱交と言っていいほどの男関係に収拾がつかなくなっているから発生する現象である。色情魔の色恋沙汰であるのに、たまたま清楚な面立ちである鈴木沙彩さんを引き合いに出すことでミスディレクションすることはやめた方がいいであろう。なぜここまで鈴木沙彩さんが引き合いに出されるかと言えば、実はほとんど出回ってないからであろう。殺害されたのは18歳の時だが、映像そのものが18歳未満の時のものであるから、リベンジポルノ云々でなくても取り締まれてしまうのだ。児童ポルノとリベンジポルノを混同させるのに格好の人物なのである。つまり、リベンジポルノそのものはたいした犯罪ではなく、莫迦じゃねえの、という扱いであるはずなのに、鈴木沙彩さんは児童ポルノと殺人を含んでいるので都合がいい。つまり鈴木沙彩さんでないと、自業自得だと嗤われるし、さらに拡散されておしまいなのは論を俟たないから、これからも鈴木沙彩さんの霊廟を崇めないといけない。本来なら池永チャールストーマスとのハメ撮りなんて、鈴木沙彩さんの男道楽の遍歴の一コマでしかないだろうに、他人の死が悲しくないというわれわれの原罪を見事に突いてくるから、そろそろ列聖でもされるのだろう。







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