「関係者以外立ち入り禁止」が世界の基本原則である。
ここから内輪の論理が生まれてくる。

たとえば、そこらへんのオッサンとかおばさんが、学区内だとあれなので、自分の子どもが通ってない少し離れた地域の中学を見学するだけで、いじめはかなり減少するはずである。
見学者たちには何の権限もないし、正義感を滾らせて止める必要などない。
ただ校内を歩いて見学するだけである。
外部の人間に見られているというだけで、生徒は内輪の力関係に基づいた行為は出来なくなる。

もしくは役人が強気なのも、やはり役人に何かを頼みに来る市民を相手にしているからである。
この案件に無関係のわれわれが見学しているとしたら、そうそうふざけたことは出来まい。
役人は特定の狭い分野について権限があるだけであり、万能の王様ではないからだ。

世の中は利害関係者の目線だけで閉じている。
「関係者以外立ち入り禁止」において、なぜか共犯関係に巻き込まれている。
内輪の人間が壁の中でごちゃごちゃやっており、赤の他人がその中を見学することは出来ない。

暴走族を見学したら暴走をやめるかと言えば、そんなことはない。
別に内輪の論理で暴走を許しているわけではないからだ。
だから一定限度を超えた非行について、見学会は万能ではない。
かなり荒れている学校だとたぶん無理であろう。
だが、そこまで酷いケースでなければ、赤の他人に見られているだけでやめるはずである。
世の中のおかしなことの大半は、内輪の論理に頼って行われており、これは見学会だけで止められる。

内輪の論理を内面化してない赤の他人に見られていたら、おそらくその力関係は恥ずかしいと思うのである。
見学会の参加者には何の権限もないので、それを無視しても差し支えないのだが、やはり部外者に見られていたら、やりづらいのは間違いない。

人間にとって世界が密室である問題である。
「関係者以外立入禁止」の問題。
赤の他人に見学させるだけでずいぶん改善されそうなのに、「密室」を壊されたくないらしい。
この密室性こそが人間存在の本質なのか、それとも、うまい汁を吸っている一部の連中がそうしているだけなのか、果たしてどちらであろう。







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