われわれは人間というキャラクターを生きている。
なぜか知らないが人間として現象して人間世界にいる。
これは同一のソーシャルストーリーがすべての人間の脳に刻印されているからこそ可能なのである。
たとえばAがBに暴力を振るう。
これだけで因縁が生まれるのであり、そこからストーリーが展開する。
BがAを恨まないで、再びAと会った時に、にこやかに談笑するとしたら変な話である。
Bは白痴であるか、もしくは聖者ということになるだろう。

この人間世界は因果関係に組み込まれている。
いろんな貸し借りが因縁として付き纏うのは、そういう仕組だからであろう。
因果は当然ながら時間的な前後関係を伴う。
取り返しがつかないことだってあるが、それが肝要なのである。

このソーシャルストーリーは流動的な側面もあり、たとえば既婚女性に「まだ子どもが出来ないのか」と訊くのは半世紀前なら普通であったであろう。
今ならハラスメントとして捉えられるのは言うまでもない。
とはいえ、半世紀前の女性が「早く子どもを作れ」と姑から言われて愉快だったはずはなく、そこは変わってない。
姑と嫁の力関係が変わったということであろう。

世間話の大半はソーシャルストーリーであるとも言える。
現在のルールを確認しあっているわけだ。
会話のかなりの部分がここに割かれている。
ロンブーや津田のような野生の人間でも、体験談を自慢気に語る。
説明しないのが世界のルールであり、説明なしにソーシャルストーリーは演じられるが、別のところで別の人にそれを語って、自分を正当化したり、もしくは他人に確かめたりしている。

本物のアスペルガー症候群だと、他人が嫌がることが本当にわからないらしく、たとえば「子どもを産めない女性」がデリケートな話題であると念を押して伝えなくてはならない。
普通の人はそれなりの上級者としてソーシャルストーリーで雑談しているのだが、アスペルガーに対しては、いわば目の見える人が盲人にいろいろと教えるような格好において、極めて常識的なソーシャルストーリーを教えることになる。







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