自動車という殺人兵器を運転するからには不安を克服しなければならない。
というより、大半の人は不安がないからこそ運転できる。
人を轢き殺したのではないかと気になって何度も確認してしまう強迫性障害の人が、これを克服して車を運転出来るようになった事例もあるだろうが、大半の人は端から何も考えてないし、人を轢き殺しても差し支えないという立場で運転している、もしくは、その可能性が頭の片隅にすらない。

高所恐怖症とか閉所恐怖症とか、そういうのも、普通の人は馬鹿馬鹿しいと思うわけである。
だが、その普通の人は、なぜ最悪の事態を頭から振り払えるのか、という謎もある。

生活の不安や将来の不安は普通の人でもあるだろう。
人を轢き殺してしまう恐怖で車を運転できないのは病気だが、将来を不安に思うのは正常である。
これを同じ「不安」と呼んでいいのかどうか、という問題だが、おそらく、自動車事故のようなアクシデントと、生活不安のように確度が高い不幸は別枠なのである。
自動車という殺人兵器は平気で運転出来ても、自分の将来はアクシデントではなく、不安定な人は確実に不安定である。
将来が安泰であるか、もしくはお先真っ暗であるのかというのは予測できるので、ランダムな出来事ではない。
確実に暗い未来を馬鹿馬鹿しいと一笑に付することは出来まい。







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