2016.12.12

制服と職業

制服と職業が紐付けられることで社会は作られている。宅配便の人が制服を着ているのは、それによって怪しさを消しているのであろうし、私服で宅配便をやっていたら、おそらく怪しげである。お互いのことを知らない都市空間において、制服は不特定多数に向けた名刺である。それによって自分の立場を社会的に開示しているのである。制服を真似して作ることは難しくないし、詐欺などもあるようだから絶対ではないが、ともかく、大まかにわれわれは制服で職業(社会的役割)を示すことに馴染んでいる。NPCとして決まりきった対応をすることが予想できるわけだ。どこかの飲食店に入れば、チェーン店でなくてもその店の制服があるのだし、見分けがつくようになっている。ひとつひとつ違うはずの人間存在がお店の店員さんという顔のない役割に埋葬されているとか、人間が道具に堕しているという言い方もあろうが、そもそもたいていは開き示すほどの内面を持ってないし、いろいろと納得した状態で埋没しているのである。むしろ認知的不協和をこじらせず、心の塵を払いつつ、ロールプレイに埋没してきちんとやれることが、ソーシャルスキルとして持て囃される。罪人を繋ぐ枷鎖ではなく、むしろNPCとして模範的な外骨格を形成することで、真人間であることを立証する。資本主義社会であるから、人間はその日暮しの思いつきではなく、ある一定の役割を繰り返すことを求められている。現在の世の中では、悪目立ちは死王に邂逅することであり、個性を開陳しようという流行り病は地上で廃れているが、そもそも素の生々しい状態に価値が無いのであるから、棺に釘を打ちつけるようにして切断されるに似付かわしい。







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