麻生太郎のような人間が周囲を困らせるのは、こういう失言癖があると連帯責任を取らされることである。ナチズムなど遠い過去であり、もはや烟るべき遺灰とも思えないが、とはいえ、人権問題としてまだまだ火を熾せる現役であるらしい。脳裏に遊弋する雑念をおもしろおかしく口に乗せてしまうのは、人権問題を呼び寄せるだけである。失言は延焼してくる。魔女裁判の幕開けであり、たまたま居合わせるだけで巻き添えになる。このような人権問題の構造として、追及する方は手加減無く声高に責め立てるのである。責められる側は沈黙しなければならない。平謝りで鎮火させる。それしかないのである。差別は全体主義的なものであるらしく、社会全体が共犯者であるらしい。隠れ切支丹ではないかという嫌疑がかかり、悪魔祓いのような人権教育を受けさせられることもある。いわば推定有罪であり、致死性の伝染病が発生したようなものだから、自分はこの悪疫に感染しておらずクリーンであると証明すべく、過度な政治的正しさを示さなければならないし、保菌者でないことに念を押すために、あらゆる疑念や臆見を消し去るべく自分の家を焼き討ちにすることさえ求められる。普段われわれは空気を読みながら沈黙しているので、抗議活動はずいぶん非日常的である。ひとまず、抗議活動は露悪的なものである、と言って差し支えはあるまい。通常の出来事であれば、他人を槍玉に挙げるとなると「ひとの揚げ足を取る」として責められる。変わり者として片づけられるべき案件だ。だが、人権団体に「変わり者」というレッテル貼りをして追い返すわけにはいかないから平謝りする。人権団体はヤクザそのものとは言わないが、メンタリティがヤクザである。人権活動家はわれわれの日常的な羞じらいを投げ捨てた狂気の階梯にいるのである。とはいえ、麻生太郎のような木偶の坊がいるかと思えば、トランプのような歴史的偉人もいるのだし、決して口を滑らせること無く、イスラム教の悪口や移民排斥などを計画的に唱えるのは、北米の内陸部で熱狂的な歓迎を受けた。このトランプという大人物も、ずいぶん露悪的である。口を開くからには滑らせてはならず、露悪的でなければならない。また、イスラムや移民は黙っていれば雲散霧消するわけではないので、顰蹙を買いながらも文句を言わないと、雪崩のように入ってくる。時間の推移に従って利権が逓減していくかどうかの問題である。利権が増大するのであれば、意を決して口を挟まなければならない。







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