精神は進化している。偶然か余興かは知らないが、おそらくは無から始まって、ただひたすら進化している。38億年くらい前に生物が生まれたとして、理由は知らないが、そこから精神が進化してきたのである。この始原の状態を現在のわれわれの五感でイメージしてはならない。映像や音声や、触り心地、味も匂いも宇宙にはない。光はあっても、これを視覚的な映像として捉える義務はないから、光を「観察」するために他の方式もあり得た。光とか重力をどう捉えるかはまったくの自由なのである。現在のわれわれのような精神世界は、多細胞生物となった10億年くらい前からだろうが、そうやってこの世界の盟主たる主体性を強めてきた。これは「進化論」の話ではない。精神が進化するロジックはまったく見当がつかない。ただ精神は進化している。現在のわれわれは生物としての現象機能を元に文明社会をなしている。物質が精神の苗床ではあろうが、肥料と作物が別物であるように、この精神現象は、物質とはまったく懸け離れたところにある。快楽-苦痛の原理がわれわれの意志の根底である。すべてが決められているわけではないが、この快楽-苦痛によって価値判断が生じ、それにそそのかされつつ、意志というものが像を結ぶわけである。われわれは自らの精神を調整することは出来るし、たとえば読書が苦痛である人が、それを歓びとすることは、さほど珍しくない。とはいえ、快楽-苦痛の原理で動いているのは確かであるし、苦手なものを得意にしていく努力さえ、この原理の支配下にある。自己克服さえも、精神が成長する可動域として定められている。われわれ人類は、本質的に不自由であったこれまでの38億年の中で、ようやく不自由さを認識して煩悶できるくらいにはなった。38億年という長さを考えれば、5000年などつい最近である。なぜたまたまわれわれが、38億年間の生命史に大変革を告げる文字の誕生に居合わせたのかは謎だが、われわれが初めて、物質世界の仕組みを検証することになった。日常的な認識が嘘というわけではないが、われわれは身体という物差しで測っているだけであり、これは精神世界を作っているものだから、物理の原理そのものは見えていない。素朴に認識できないものが近代科学で明らかになる時代に、たまたま生きている。







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