コミュ強が本能的にやっていることを活字に起こそうというのだから、現実そのままの写し絵のようには書けないが、雑に言うなら、「だよね」みたいな感じで同意(共感)を求めるのがコミュニケーションなのである。相手が同調してくれると勝手に決め込んでいるのだから、一方的であるようにも思えるが、これこそが共感性なのである。われわれは他人を説得しないことにしている。理詰めで説き伏せようとすると、正しいがゆえに拒絶されてしまう。なぜ正しいことが拒否されるのか不思議だが、おそらく共感性が足りないのであろう。「だよね」と同意を求めるのは、大げさに言えば同調圧力を掛けてるのだし、あまり理が通らない気がするのだが、こちらの方が据わりがいいようである。A案の持ち主を説得して、B案に意見を変えさせるのではなく、「やはりB案ですよねえ」と当然のような顔で同意(共感)を求めると理解を得られることもある。相手をA案の首魁と見なして、それを論破してやろうと意気込むと、非論理的な抵抗に遭うので、相手が最初からB案の持ち主であるかのように見なして、共感を求めるのである。われわれとしても、相手から同意を求められると、なんとなく頷いてしまう。創価学会が嫌いでも、「創価学会みたいなのも必要ですよねえ」と言われたら、「ああそうですね」と答えてしまう。もちろんどうしても許しがたいものはあり、池田大作だけは許さんと、空気が凍るのも厭わず目を眇めてみせるかもしれないが、たいていは同意(共感)を求められると、なんとなく同意してしまう。問題の重大性にもよるし、普段は「だよね」で話を合わせている家族が、相続争いで血みどろの争いをすることだってあるから、万能の武器ではないであろうし、それなりの仲間意識、もしくは無難にやり過ごしたいという意識は必要であろうが、同意(共感)を求められると、違うなと思ってもなんとなく頷いてしまう心理があるのは確かだ。「勝手に決めるんじゃねえよ」と言いたくなることもあるだろうし、実際に口に出して文句をつけることもあるだろうが、それを言わせないのがコミュ強なのであろう。







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