物事はその人の機根に合わせて説く。
子どもにわかりやすいように言うには、親が正しいと伝えるしか無い。
親は保護者として善管注意義務があるであろうし、そこに正しさを求めるしか無いのである。
人倫を説くのには家族制度、もしくは家族制度の中心たる親がちょうどいいのである。
自分の家族と他人の家族はまったく別人であるが、世間の耳目を集める事件について「もし自分の家族だったら」と発想することが定着している。
家族という概念を守るという発想で、赤の他人に寄り添い想像力を這わせるのである。
親というのはあくまでそういう方便なのだが、方便であることを理解せずに、本当に親が正しいとしてしまうと、どこかしら歪みになる。
有村悠さんは一日に六回射精するくらいに性欲が強いが、母親が非常に潔癖だということで、未だに悩み苦しんで、性嫌悪なるものを表明し続けている。
未成年までは親に責任を求め、成人したら本人に責任を問うのが決まりであるから、有村悠さん(37歳)は「親のせいにするな」と言われるのである。
あくまで赤の他人として、他人の親に管理責任を求めるだけのことであり、子どもが自分の親に責任を求める内輪揉めは筋違いということなのだ。
とはいえ、意外と切り分けてない人が多いし、成人してからも敬意を延長している人は多々いるであろう。
それこそ70歳や80歳の老人でさえも、親の教えを尊びながら生きていたりする。
社会的に立派な人でも「親に言われたから」という理由で自らの半生を語ったりするのである。
それが恥ずかしいと言われることはないのだ。
だから親という概念は真理と方便を兼ねていて厄介なのだが、やはり真理と考える人は方便を信じ込んでいる階梯にあるだけである。
親が責任者であるというのは、あくまで他人の親に責任を求めるための方便なので、自分で自分の親を糾弾することはあまり好ましくない。







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