われわれの正義は迂回しており、直接的に投げかけられるよりは、間接的に投げかけられるのが大半である。
その場では有耶無耶にやり過ごしておいて、後で愚痴ったりして、その愚痴が流通してルールになったりする。
当事者の間でルールが形成されるというよりは、別のところで火柱が上がって回覧板のように回ってくるのである。
われわれはマスゴミに漠然とした批判をしてはいるし、マスゴミも目にしてはいるだろうが、やはり武力の差という問題があるから、弱々しい間接的な批判など意に介さないチンピラも立ち現れる。
今回の共同通信の記者もヤクザではないだろうし、むしろ社会階級としてはアッパークラスに属しており、威張ると通じるという経験が蓄積しているだけであろうから、そこらの不良公務員と同類である。

権力が威張るのは合理性があり、ひとびとは屈辱を畏怖することで沈黙する。
われわれの大半はマスゴミに暴言を吐かれたことなどないのだが、とはいえ、暴言を吐かれる想像はしている。
マスゴミの前ではおとなしくしてないと、恥をかかされると思っているわけだ。
実のところ、この世界の屈辱の大半は、そういう仮想問答である。
われわれは屈辱を避けているから、屈辱の恐れがあるだけで充分なのである。
つまりリンチされるのを恐れているのであり、実際にはリンチされてない。
このような恐怖イメージこそが権力なのである。
全員を支配する必要はない、というより、無理なのであるから、逆らったらリンチされると畏怖させればよい。

それを何らかの形で討ちたいというひとびとの怨嗟も積み重なるので、特権階級がカルマから逃げ切れずに討ち取られることもままある。
とりあえずこの共同通信の記者が解雇されるかどうかが見ものである。
憎悪されることによって巨大になったのであろうから、やはりこの怪物を倒したというシンボリックな成果が必要であるし、具体的には問題の記者が共同通信社から解雇されるかどうか、なのである。
見せしめが行われれば、あらゆるマスゴミ関係者に恐怖を与えることが出来るし、それが倫理となる。
解雇されないとすればどうなるか、それは共同通信社が畏怖するべき問題である。







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