2017.06.20
人体は宇宙だと言うが
人体=宇宙というイミフな意見を言う人がいるが、三次元空間の性質からして、そういうレトリックも可能になのであろう。
われわれは三次元空間を認識したつもりになっているが、実際の映像は二次元、もしくは二次元ですらない。
われわれの視空間認知機能が、この世界を三次元空間だと想定して、頭の中で立体的に再構成しているだけである。
つまり、人体が三次元空間を仮想的に体験しているだけなのである。
人体、もしくは地球上の生命体が見当識を持つからこそ、その肉体を物差しとして空間が生成されるのである。
宇宙の片隅にいる塵芥であるわれわれを広大な宇宙になぞらえるのは奇妙だが、人体がどうこうというより、どのようなものも、同時に二箇所に存在することは出来ない。
たとえば東京と大阪に同時に存在することは出来ない。
東京と大阪にまたがるような巨人を思い浮かべることは出来るが、人間の神経の速さは秒速100メートルくらいだし、それだと巨人の中で情報が伝わるのが遅すぎて、とても東京と大阪が同時には思えまい。
では、巨人の神経が光速(秒速30万キロメートル)であれば、東京-大阪の500キロなら、600分の1秒で伝わるから、人体より素早いし、これならいいかもしれない。
とはいえ、距離の差を問題にしない巨人という仮想だと、結局は宇宙と同じサイズの超巨人まで考えるしかないし、こうなってくると、超巨人の身体の端から端まで神経が伝わるのに、光速で何十億年も掛かることもあるわけだ。
頭の先から足の先まで幅があるのに、われわれの意識は身体に遍く行き渡っており、頭と足という空間的に別の場所をほとんど同時に統一的にとらえているのである。
本当は同時ではなくても、脳で補正された意識は同時である。
触覚や重さの感覚も含めて、そういう身体感覚だけが三次元空間の根拠なので、それを宇宙と呼んでみるのも可能だというだけのことである。
われわれは三次元空間を認識したつもりになっているが、実際の映像は二次元、もしくは二次元ですらない。
われわれの視空間認知機能が、この世界を三次元空間だと想定して、頭の中で立体的に再構成しているだけである。
つまり、人体が三次元空間を仮想的に体験しているだけなのである。
人体、もしくは地球上の生命体が見当識を持つからこそ、その肉体を物差しとして空間が生成されるのである。
宇宙の片隅にいる塵芥であるわれわれを広大な宇宙になぞらえるのは奇妙だが、人体がどうこうというより、どのようなものも、同時に二箇所に存在することは出来ない。
たとえば東京と大阪に同時に存在することは出来ない。
東京と大阪にまたがるような巨人を思い浮かべることは出来るが、人間の神経の速さは秒速100メートルくらいだし、それだと巨人の中で情報が伝わるのが遅すぎて、とても東京と大阪が同時には思えまい。
では、巨人の神経が光速(秒速30万キロメートル)であれば、東京-大阪の500キロなら、600分の1秒で伝わるから、人体より素早いし、これならいいかもしれない。
とはいえ、距離の差を問題にしない巨人という仮想だと、結局は宇宙と同じサイズの超巨人まで考えるしかないし、こうなってくると、超巨人の身体の端から端まで神経が伝わるのに、光速で何十億年も掛かることもあるわけだ。
頭の先から足の先まで幅があるのに、われわれの意識は身体に遍く行き渡っており、頭と足という空間的に別の場所をほとんど同時に統一的にとらえているのである。
本当は同時ではなくても、脳で補正された意識は同時である。
触覚や重さの感覚も含めて、そういう身体感覚だけが三次元空間の根拠なので、それを宇宙と呼んでみるのも可能だというだけのことである。
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