「メディア・セックス」という愚にもつかない本があり、一時的に流行ったが、サブリミナル関係はかなり下火になった。サブリミナルは確実にあるのだが、これを科学的に扱うのが困難だというのが大きい。たとえばわたしはスマホでとある対戦ゲームをやっているときに何らかの想念が浮かんできて、よくよく見ると、それが対戦相手の名前からの連想だというのがよくある。そのゲームでは「相手の名前」が重要ではないので、わたしの脳が意識のテーブルから省いているのだと思うが、それが完全に廃棄されているのではなく間接的な刺激になっていると思われる。われわれはスマホの画面くらいのサイズでも、情報をかなり端折っており、しかしサブリミナル的には反応していたりする。サブリミナルの実用化というと真っ先に広告が思い浮かぶし、「メディア・セックス」はそこに偏っていたから話題になり、しかしアバウトにしか言えない話題だから消え去ったのである。われわれの脳が意識のテーブルから省いている情報の重要性や、潜在意識における影響はなかなか数値では現せないし、自分でもよくわからないのである。またここにはかなりの個人差があるはずであり、自閉性が強い人間ほど外界情報の省略が多いと思われる。被験者にいろいろな映像を見せて潜在意識の影響をテストするにしても、やはり個人差が大きいので、統計の信頼性は低いはずである。フロイト心理学が数多の被害者を生み出したオカルトだったのに対して、ここ最近の発達障害の概念は極めて卓抜に人間の本質を突いているが、たとえば発達障害の検査するときには周辺視野を重視する。これはおそらく自閉性があると真正面しか見えてない傾向が強いので、そこを重大な欠陥(診断基準)としているのである。おそらく自閉症スペクトラムに引っかかる人間だと真正面でさえずいぶん略しているはずだが、とりあえず周辺の省略が最も顕著なのであろう。五感からの情報を意識から省くのは知性としては問題がないし、むしろ知性の進化の一つであろうが、社会性においてはかなり大きなネックになり、流動性が高い現代ではなおさらである。これを「メディア・セックス」にからめて言うなら、つまり、サブリミナル云々言っているよりはいろんなことに気づいて幅広く認識しようということである。今の世の中では、認識を省かないでできるだけ色んなことに気づくことが求められており、省いた事象が潜在意識に与える無意識問題への関心は薄れている。前述したが「無意識に動かされている」という前提でカウンセリングを受けて悪化した人もたくさんいるのだし、現状の科学のレベルだと、ここは人跡未踏の地にとどめておくべきであろう。サブリミナル自体はあると思うが、ゴッドハンドでありもしない遺跡を発掘してしまうのは罪障深きことである。







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