なぜ芸能界にはプロ野球のようなFA制度がないのかと考えると、 周防郁雄のようなヤクザが原因という簡単な問題ではなく、芸能人はかなり知名度に頼った存在であり、その芸名が大文字であるほど凄いのである。そして、その芸名が本名だとしても、事務所の作り上げた名前なのである。芸能界は一般人の関心をかなり侵食しており、熱病を起こさせる神経毒として深く根を張っている。さすがにネットの発達で、テレビメディアという業病から恢復しつつあるが、まったく縁が切れたわけでもない。野球選手であれば無名でも150キロ投げられれば価値があるが、芸能人はこれが不鮮明であり、やはり芸名の重み、もしくはそのアイコンの強度なのである。世間に名前を知られているというのは、それ自体が大文字の主語として重みを持ち、大文字であればあるほど歴史上の人物のようになってくる。全盛期のビートたけしなどは、本当に代わりがいないレベルだが、これだけ才能が突出しているのはかなり珍しいケースである。たいていは事務所の力で芸名が大文字になったというだけである。島田紳助のような実力者でも代役はたくさんいるわけである。明石家さんまは島田紳助の上位互換とも言えるが、さんまでさえ代役はいる。紳助とさんまで絶対的な差があるとは言えないからだ。やはり吉本興業ありきであり、ダウンタウン松本でもそれは同じである。交換可能という現実からすると、「代わりがいるならもっと自由に移籍させてやれ」という話もあるだろうが、やはり事務所の代紋あってこそだし、それだけプロモーションしたのだから破門状を回すという話にもなる。売り込んだ事務所こそが主役である。山口百恵は時代そのものであろうし、そして、あれだけの力量の持ち主は稀であるにせよ、代役がいないわけではあるまい。その幻の代役は、つまり現実化せずに潰えた未来であるから、時間の一回性に基いて、山口百恵が大文字の主語として時代を物語ることになるのだ。これが山口百恵ではなくピンク・レディーとなると、いくらでも交換可能だが、ピンク・レディーは山口百恵より価値が低いというわけでもない。山口百恵の代役を見つけるとなるとかなり大変なのに対して、ピンク・レディーは誰でもよいのが実情だが、それでもピンク・レディーが時代を席巻した規模の大きさは山口百恵と同等以上であり、山口百恵とピンク・レディーは大文字の主語として、ほぼ同じ重みがあるのである。自分で演奏も作曲も出来るミュージシャンだと本人の価値ということになるし、売り込みに成功したプロモーターが何かしら成功報酬を得る方式も考えられるだろうが、そうでなければ、「別の誰かに歌わせる」という選択肢もあったはずで、その選択肢を消して自らが傑作を歌わせてもらったのだから、事務所移籍は恩を仇で返すということにもなる。そこらの兄ちゃんや姉ちゃんが大文字の芸名を持ったからと言って、そんなのは芸能界のシステムありきなのである。







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