社交辞令というのは、それなりに距離をおいた状態だからこそ言える。
距離が接近してしまうと、空々しい社交辞令とかお世辞を真顔で言うのも奇妙だし、あるいは道化みたいな太鼓持ちに徹して、腰巾着に徹することになる。
利害が衝突している相手にお世辞を言うのも変であるし、内輪揉めでゴタゴタするのもそういうことなのだろう。

学校でクラスメートを固定して、そこで人間関係を作るのが義務になるのは、距離の近さによる難しさを体験させる通過儀礼とも言える。
たまにしか接しない相手なら、適当にやり過ごすために、おべんちゃらを言ってもいいのだが、いつもいつも接しているとなるとそれはできないし、学校のクラスはその典型というか、社交辞令が排除された空間である。

われわれは力士ではないので、クラスメートや家族の頭部を酒瓶で叩き割ることはないが、暗喩として言うなら「酒瓶で殴る」みたいなことは、内輪ではずいぶんやっているのである。
距離が遠い相手になら、儀礼として品格を保てるが、いつもいつも接している相手に対しては、腰巾着に徹するのでなければ、社交辞令でごまかすわけにも行かないので、口論するしか無いこともあるし、文字通り酒瓶で殴ることはないが、それに匹敵するような悪辣な攻撃も行うのである。

まったく知らない赤の他人がこの世にたくさん存在しているのは、われわれが儀礼的に品性を保つため、と言えなくもない。
人間関係が固定化した密室空間では儀礼など無いので殺伐とすることも多々あり、だからこそ、知らない人、もしくは時たましか会わない人も、表面的な儀礼や品位を見せる相手として必要なのだろう。







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