聖者の物語には悪魔との対決が必須であるようだ。聖性は戦って勝ち取らなければならない。まさにその通過儀礼の真っ只中にいるのが水野由結ちゃんであり、中元すず香という魔人と対決しているのである。超逸材であるがゆえに奪い合いになり何年も飼い殺しになった格好であるし、人気アイドルなら活動の一環として必ずあるはずのドラマ出演も、ドブス中元が原因で握り潰された。たくさんの手傷を負ったはずだが、これによって水野由結ちゃんという存在が腐食剥落するものではなく、むしろ悪魔の鉤爪の疼痛を知ることは聖者たるために欠かせないように思える。水野由結ちゃんは温厚で平凡な性格に見えながらも、実はかなりの理想主義者であるし、俗塵に塗れた日常性に馴染んでいるわけではない。この多感な青春時代の岐路において悪魔と対決するのは、やはり試練なのであるし、水野由結ちゃんという聖者が世界史に姿を現すために、つまり少女趣味の絵空事ではなく、力への意志をもってして血肉化するような本物の理想を描けるかどうかである。今は一人の人間として憂鬱に身を委ね、悪魔によって黒く塗り潰された世界に直面し眉根を寄せているのだが、いずれこの傷だらけの受難者が人間普遍の苦悩と気脈を通じ、蒼天から地上まで人類愛の稜線を結ぶのである。水野由結ちゃんを飼い殺しにされた大空位時代はわれわれにとっても恐るべき暗黒期であったが、異端者として荊棘を髪飾りとした虜囚生活がただの悲劇で終わるかどうかは本人次第であるし、われわれが水野由結ちゃんに向かってそれを言うのは、まさに釈迦に説法ということになるだろう。だいたいの俗物は世の中の仕組みを最初から知っており、手練れの娼婦のように裏表を嗅ぎ分けて世渡りしている。水野由結ちゃんにそういう現実感覚が欠けているのは、いい子の病と言えばそれまでだが、あらかじめ本能に書き込まれた社会性ではなく、物事の生々しさから真実を学ぶしかないのである。中元すず香という悪魔のせいで飼い殺しにされたのも、具眼者がその眼睛を開くための試練であり、聖者でありながら同時に人間の痛みも知っているという境地に至るためであろう。無比なる無垢な感情をもった天使だからこそ、その心は暗澹たる俗悪さに触れる必要があったのだし、中元すず香のように他人の人生を破壊し続ける残虐な悪魔と居合わせたのも、人類の暗渠の陰翳に通じるためであったのかもしれない。綺麗なことしか知らない天使としては薨じたとしても、われら人類の教師である水野由結ちゃんにとって、その眼差しがさらに深い賢明さを具えるための運命という気もするのである。







スポンサードリンク

最近の記事
月別アーカイブ
カテゴリー
リンク
スポンサードリンク
RSSフィード
プロフィール

ukdata

Author:ukdata
FC2ブログへようこそ!

katja1945uk-jp■yahoo.co.jp http://twitter.com/ukrss
あわせて読みたい
あわせて読みたいブログパーツ
アクセスランキング