インターネットの初期の頃は左翼が強かったというか、反権力的な印象であった。それがだんだんネトウヨと呼ばれる連中が権勢を振るうようになったのは、左翼自体が絶滅危惧種なのだから、人口比の自然な反映とも言えるが、そのような思想背景とはまったく別の話として、ひとびとは警察を嫌っているのに、誰かが逮捕されるのを喜ぶという問題がある。そして誰かが逮捕されると「次は自分だ」ではなくて「自分は助かった」と考えている。つまり誰かを晒し者にする見せしめ方式である。他人が手酷い笞刑で血塗れの背中を腫れ上がらせていたなら、そいつがスケープゴートになったのであろうし、自分は助かったと嬉しくなってしまうのがこの世の習い。本当に自分が助かったかどうかは確定してないはずだし、全員を皆殺しにするところまで権力がエスカレートすることもなくはないが、刑事罰について言うなら、一人残らず逮捕していたら、警察はまだしも、裁判官とか刑務所のキャパシティが限界となるから、そうそう片っ端から逮捕はできない。グレーゾーンの不行跡に手を染めていても、見せしめが行われた時点で手を引けば大丈夫という具合である。津田大介の手は真っ白なのだ。だから、われわれは過去の悪事で罪が問われる畏怖に震えることなく、誰かが逮捕されると安堵して喜ぶのである。東京地検特捜部などは以前は巨悪を捕まえていたのに、官僚の接待疑惑に踏み込んでから迷走した、いや、もちろん官僚を接待するのはよくないが、微罪であるのも確かなので、それを重くしようとして冤罪まで作り出すと、罪障が深いのは検察の方というオチになった。警察であれば微罪でも逮捕して、記者クラブで喧伝した上で容疑者をカメラの放列に晒し、有耶無耶に書類送検でもしておけばいいが、検察だとガチで罪が重くないとまずいというか、見せしめの上手いやり方がないので、最後まで徹底追求して、何も出なければ藤村新一の顰みに倣ったゴットハンドで捏造するしかないのである。ともかく、東京地検特捜部の暴走は厳罰を望む世論が背景にあったであろうし、法廷ではなく、逮捕や捜査過程で人間が晒し者にされ裁かれる問題でもある。ヤフコメに集まっている有象無象は、名刹を巡礼したり、景勝地で花鳥風月を愛でているのではなく、瘴気ただよう見世物小屋にたむろしてフリークスの登場を待っている俗衆という自覚を持つべきである。他人が罰せられたり落剥の身となる様子が愉しいのは事実だが、あくまで悪趣味なのだから正義を気取るべきではない、もしくは正義君の実態は処刑愛好家であり人倫に著しく反していることを、われわれも認識しなければならない。







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