2018.06.07
文明という車椅子
われわれのように五体満足な人間と違って乙武は手足がないからひとりで大便をするのも困難であろう。とはいえ、われわれがトイレや下水道やトイレットペーパーを作ったのかというと、あくまで社会として作ったのであり、たまたまそれらの生産に携わっているとしても、社会に数多とあるインフラのひとつを整備するのに関わっただけである。鉄道や飛行機や発電所やタワーマンションまでは作っていまい。さて、ともかくそれらは文明の手足であり、乙武の車椅子と何処が違うのかということである。たまたま駅があって鉄道が走っているわけではない。五体満足だと社会的インフラが身体に馴染むだけであり、乙武のような人、いや、乙武くらいになると無敵の特権階級かもしれないが、ごく普通に障害がある人だと、文明の利器を手足同然に用いるのが困難なのである。やや話は変わるが、わたしは最近タッチパネル対応のノートパソコンを購入した。ヒューレット・パッカードのSpectre x 360の安めのモデルである。画面の解像度は1920*1080である。ここまで述べてきたように、道具は手足である。ノートパソコンにタッチパネルの機能が付くと、やはり手足が増える。とはいえ、ノートパソコンにタッチパネルというのは、あまり使い所がない。もちろん微かな利点はある。ノートパソコンを持って外出するとして、マウスがないとすれば、タッチパネルはタッチパッドより明らかに操作しやすい。だが、マウスがある環境であれば、やはりマウスの方が素早いのでタッチパネル機能は使わない。kindleは未だに紙本をスキャンしただけの固定レイアウトのものがあり、画面が小さいと読みづらいし目が潰れるのだが、タッチパネル対応だと、数秒で縦画面にして見られるので眼精疲労もなく、固定レイアウトの電子書籍を読むならタッチパネル対応の方が優れていると言える。とはいえその用途ならiPadのでかいやつか、もしくは10インチのAndroidでも実用に耐える。そもそも外部ディスプレイというのがあり、4Kディスプレイでも27インチが五万円から十万円程度である。高解像度のノートパソコンがあまり存在しないのは、これが大きな理由であろう。タッチパネル対応の高解像度のノートパソコンは20万円くらいするので、たぶん10万円未満のノートパソコンと外付け液晶ディスプレイの組み合わせのほうがコスパがよいだけでなく、動画やゲームなら大画面の方が圧倒的であろう。道具は手足ということについては、とにかくマウスが侮れない。タッチパネル機能はマウスに勝てない。だがマウスは机に向かうことを前提にしており、机から離れた場所で使うにはスマホやタブレットの方が優っていた。さて、そのスマホと車椅子は何処が違うのかというと、人権問題という思想文脈はともあれ、文明という手足への全面的な依存という点において径庭はあるまい。われわれは手付かずの自然に生きているわけではない。誰もが文明という車椅子に乗っている。時としてスマホで電話しながら運転する阿呆が出てくるが、あれは乙武の車椅子と同じ傍若無人さであろう。車椅子にもマナーが必要であるし、障害者すべてが乙武のようなメンタリティの持ち主ではあるまいから、車椅子の側が譲るべき時だってあるし、思慮分別のある障害者もいるだろう。タッチパネルに触れるだけで操作できるバリアフリー感についても、やはり身体とシームレスであるから自由自在であるわけだが、その文明の根底についてたまには思索してみるべきである。
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