周囲をよく見なければならないが、ジロジロと眺めるのはよくないし、目が泳いでもよくない。むしろ視線を落とすのが気品ある立ち振る舞いである。辞書的な定義はともかく、わたしなりに分類するなら、目を伏せるのは自分の世界に入る自閉性であり、視線を落とすのは敢えて目線を外部に這わせない慎み深さである。視線を落とすと人間は落ち着くようになっているし、意外と周りも見えている。視線の品位は生得的なものであるから後天的に身につけるのは容易くないが、不可能というわけでもない。目を伏せて自分の世界に入っている自閉的人間と、慎みとして視線を落としている社会的人間では、端から見ていて明らかに違うので区別は付く。これは自閉世界への愛着の問題でもあるし、空想癖が治らないのと同じく心理的な抵抗はあると思われるから、御本人が治療を望んでいないという難題に逢着するが、治したくないのは致し方あるまい。視線というリソースをどうやって割り当てるかの話であり、大部分を自閉世界に割り当てて社会的メクラになっても、その泥濘に溺れる快楽もあろう。自閉を特技として活かしている人は少ないので、治したほうが無難ではあるが、御本人の内面の桃源郷を破壊するのも何である。というか、こうやって書いているわたしもコンビニのレジに並びながら視線を落とす練習をしていたら、遠くのレジから呼ばれているのに気づかないというマヌケなことがあった。視線を落としても、それなりに周辺視野は作動しているのでたいていは問題ないが、このケースで言えば、遠くのレジから呼ばれる可能性は充分にあるのだし、むしろ全体を注意深く見渡すべきであった。







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