部屋を模様替えするとして、業者に頼まずDIYでやればお金が掛からないかというとそうではない。多少の出費は必要であるし、業者に頼んだほうが安いということもあるから、余暇に創意工夫を愉しむ贅沢な趣味である。貧困家庭だとその出費を抑えるために破れた障子にテープを貼り付けて終わりであろうが、これをDIYとは言わない。文化的な行為は、他人に頼んでもお金がかかるし、自分でやってもお金が掛かる。「育ちが良い」というのは、たまたま家が金持ちであるだけだし、褒め称える筋合いのものではなかろうが、やはり文化資本をたくさん投下された金持ちは出来映えが違う。お金を使うことで人間は世界を広げていく。お金を払わないと、無料に似つかわしい粗末な世界になるだけである。たとえば底辺層が読書嫌いになるのは、本を買うお金を惜しんでいるのが一因である。図書館で借りる方法もあるが、やはり蔵書を増やしていく方が愛書家というアイデンティティを持ちやすいし、読みたい本が図書館で簡単に手に入るかという問題もある。あるいは、読書なら図書館という救済措置があり得るが、たいていのことは「お金を払わないと体験できない」のである。底辺層は文化的体験から疎外されており、それを遠くから見て羨ましいと思ったり、どうせ手に入らないなら毛嫌いするか、あるいは、空想に興じることで慰めを得ることになる。実体験しなくても、漠然としたことは想像できるから空想で足りると述べることも可能だが、世の中の裏側を想像で推理することは重要であるにしても、空想まみれの生活が望ましいわけはあるまい。やはりお金を使って世界に触れることはとても大事である。お金を使うのは文化的行為である。育ちの悪さにもいろいろあるが、いわゆる虞犯少年とは別に、空想という無料の趣味に没頭した結果として、とてつもなく劣悪な出来損ないが出来上がることがある。部屋を模様替えするお金すらないとなると、空想の豪邸に住むしかなく、それは貧困層にとって娯楽の王様と言ってもいいのだが、こうやって肥大した内面を生々しく提示されるとなると、その幼稚で粗忽な発想に愕然とするわけである。DIYは模様替えの材料をお店で買うわけであるし、文明社会の素材を組み合わせているから、費用が掛かり、なおかつ失敗もあるが、いいアイデアが閃いて丁度いい具合に嵌ったとか、創意工夫の鍛錬となる。書架に名著をずらりと並べたところで碩学になるわけではないが、そのような文化資本の投下をしないと現実は始まらない。道具だけ一通り揃えて満足して放置ということもあるのだが、まずは道具がないと始められないのであるし、そのために必要なのがお金である。







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