おそらく高校生くらいまでは、ごく自然に他人と遊ぶのである。人間関係を維持するために重い腰を上げてわざわざ遊ぶわけではない。たぶん18歳くらいで人間は自我が芽生えてきて、純粋には他人と遊ばなくなる。「はしゃぐ」というのは子どもらしさの特徴だが、おそらく大人になると落ち着いてくるので、18歳になってもはしゃぐのは発達障害者だけである。子どもであれば、はしゃいで距離が縮まることもあるが、大人だと浮くだけである。とはいえ健常者でも距離を縮める手段としてはしゃいでみるのが必要ということもあり、だから飲み会で馬鹿騒ぎをする。なぜ18歳で切り替わるのかはなんとも言えないが、人間の発達が自然にそうなっているのであろうし、また社会の扱い方もそれに沿っている。たとえば中学生になると(つまり第二次性徴期を迎えると)距離が縮まり密室で攻撃性をぶつけ合うようになるが、これは生物学的本能であると同時に、固定メンバーを教室に閉じ込める社会的仕組みもあろう。この社会システムの良し悪しは判然としないし事態を悪化させている可能性もあるが、本能の問題として、年齢によって距離感が変わるのは確かである。(バランスを整えるという発想からすると中学生はもっとお互いの距離を取る社会システムにして、大学生は距離感を縮める社会システムにしたほうがいいかもしれないが、ともかく発達段階によって人間の距離感は違うのである)。18歳で自我が目覚めて他人との密接さを喪失すると、その密度の薄さを埋め合わせるために、コミュニケーションを豊かにして人間関係を満喫することが求められる。リア充という言葉があるのも、全員が楽しんでいるわけではないからであろう。18歳を過ぎたら社会人だろうが大学生だろうが飲み会から逃れられない。飲み会として座席を固定して人間を拘束し、いわば軟禁状態でようやく世間話をするのだが、それが楽しい人もいればそうでない人もいる。







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