2023.01.17
子猫を保護するのは美談か
美談というのは困ったものである。変な儲け話に繋がることもあれば、「やりがい搾取」の問題もある。子猫の保護活動で豪邸を建てた人はたぶんいないと思うので、現状では「やりがい搾取」であるだろうが、豪邸が建たなければいいわけでもないので、本当に美談でいいのか、という話をしておきたい。猫はたくさん子どもを生むし、だから発育が悪かったり奇形の子は母猫が見捨てる。これはハムスターや燕の生態でも同じである。発育が悪そうなら見捨てられる。なんにせよ、わたしが言いたいのは、保護するなという話ではなく、保護するのはいいが、美談にするな、ということである。保健所に行って、殺処分候補の猫を保護するのはいいが、需要がありそうな可愛い子猫を見繕っているのであれば、ペットショップに陳列された美猫を品定めしているのとさして径庭はないし、美談ではない。他の生き物は保護しないのか、蛇やカラスは保護しないのか、というと難癖になりそうだが、おそらく最大の焦点は成猫の扱いであろう。猫が好きなら殺処分直前の成猫を助けてあげればいいし、なぜ子猫なのか、いや子猫のほうが可愛いので子猫を選択するのは当たり前だが、その時点でひとつも美談ではない。家出少女を保護してセックスしているのと同じだ。保護団体は、子猫ちゃんを保護して里親さんに届けるというが、つまるところ、保護してから里親が見つかるまで、子猫の可愛さのピークを楽しめるわけである。儲かる訳では無いが、セックスが気持ちいいのと同じで、美味しいところだけつまみ食いだ。子猫は可愛くて成猫は可愛くないのは厳然たる事実。長く飼っていれば腐れ縁で家族同然ということもあろうが、見知らぬ成猫だと、まったく可愛くないし、愛情を注ぐ対象でもない。あるいは、保護団体は成猫を積極的に見捨てているわけでもないだろうし、保護したりもするのだろうが、引き取り手がないという難題に直面させられているはずである。行き場のない大量の成猫を自力で保護しようとすれば共倒れであろうし、去勢して耳先をカットして地域猫という妥協案で済ませている。このところ医学の進歩で猫の寿命も伸びており、三十年前はだいたい五年だったのが、今は十五年である。昭和の時代であれば飼い猫の具合が悪くなるたびに動物病院に駆け込むことはなかったし、平均五年で死んでいた。そもそも完全室内飼いは少なく、近所をうろうろしている飼い猫もよくいた。今だと医学が発達しているので、なかなか死なない。特にワクチン接種によって感染症に強くなったことが長命の原因とされる。野良猫がいるとして、野良猫のままにしておけば五年で死ぬが、保護して医学の力を使ってしまうと十五年になる。野良猫を地域猫にして寿命を伸ばしてどうするのか、という話である。寿命が伸びるというのは、若さが伸びるのではなく老人の期間が伸びるだけである。地域猫という妥協案をむやみに非難するものではないが、ホームレスの寿命を伸ばしているようなもので、あまり美談ではないであろう。保護団体という悪魔付きがオピニオンリーダーとなり、唯々諾々と従うのも好ましくないし、高齢猫の認知症問題もある。どこかで治療を打ち切る自由があってもよさそうである。いや、もちろん飼い猫が高齢になったら動物病院にはいかないのも自由であろうが、おそらくそんなことは公言できない世の中になっている。
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