2023.09.27

感動という病

人間は物語を生きている。たとえば猫を飼うとして、ただ単に猫を飼っているだけでなく、「どのような経緯で」というのが肝心らしい。ペットショップで買いましたというと物語的な価値は低く、「殺処分寸前」とか「カラスに襲われていた」とか、そういうのは物語的な価値が高い。これは動画サイトの影響も大きい。ペットショップで買いましたではバズらないが、ボロボロの子猫ということであればバズる。野良の子猫が映像に映っているからには実在しているのだろうし、架空ではないだろうが、泥水の中で鳴いているところをきちんと撮影していたり、路上で車に轢かれそうなところをきちんと撮影していたり、やや演出もあるように思われる。われわれは物語を生きており、感動ポルノが大好きであるから、自らその筋立てを整えようとする。子猫を拾うということであれば、「自分が拾わなければ死んでいた」というのが物語として最重要である。命を助けるという物語を人間は好む。世俗のありふれた人間関係がギスギスしているからこそ、溺れている人を助ける非日常性が好きだったりする。猫を拾ったときは10万回再生、その後日譚は1万回再生、日常に溶け込むと1000回とか100回になってしまうが、だからこそ、新しい物語はいつでも求められている。さて、世界のどこかで感動が発生していれば、その一方で水を差すこともあるので、たとえば猫を保護している人は「おまえは猫だけが好きなのだろう」と腐されるわけだが、では猫以外も愛護しましょうと、野生動物まで射程に入れられると、これまた困った話である。野生動物の駆除は感動がないので、感動だけに限ると、やはり保護する側が勝ってしまう。人間が熊に殺されていても、熊の駆除には腰が重い。今のところハンターが熊を射殺しても美談にはならないので、ハンターが褒められるように物語を用意してあげたほうがいいのかもしれないが、たぶん難しいであろうし、必要なことをなんでもかんでも美談には出来ない。歯周病の人が歯を磨くのは美談にならない。歯磨きがつまらないから歯を磨かなくてよいということはない。なんにせよ感動したい人たちが世の中に溢れており、感動のためには理非をたやすく枉げるので厄介である。







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