言葉はまず単純に「あれ」とか「これ」の世界である。
「あれ」とか「これ」に名札をつけて言語体系をなしている。
それだけでは表現しづらい概念もあり、たとえば「天使」という宗教的観念は「あれが天使」というわけにはいかない。
だから、たとえば水野由結ちゃんを例示して、「あれが天使」と定義するわけである。

では、比喩の対象になるのは、天使とか、非実在的な概念だけなのかというと、もちろんそうではない。
たとえば中元すず香について「デスマスクみたいな顔」という場合、デスマスクは本当にあるので、あのドブスとデスマスクを結びつけているわけだ。
比喩というのは大雑把な等号であるから、本当の意味でイコールではないし、中元すず香の顔面とデスマスクは同一ではないが、「デスマスクみたいな」と表現することで、あの陰湿なドブス感が腑に落ちるし、わかりやすく照応するのである。

そして比喩によって、良くも悪くも、過大評価や過小評価が行われる。
「水野由結ちゃんは天使」というのなら、天使は実在しないにせよ、だいたい等号であろう。
「鞘師里保さんは天使」というのならかなりのお世辞ということになる。
「中元すず香は天使」というレベルまで来ると、お世辞の範囲を超えたでたらめである。

ともかく言葉の基本は「あれ」とか「これ」なのだが、比喩はそれらのイメージを結びつけて幅を出すのである。
われわれは森羅万象のすべてを見ているわけではなく、肉体の周辺しか見てないので、世界を類似性で理解している。
世界中のすべての猫を見てから猫という単語が理解できるのではなく、むしろほとんどの猫を見てないので、猫という言葉で世界認識を補っている。
猫という単語で世界中の猫を理解できるのか、というと、だいたい猫は似通っているし、大雑把にはできるのであろう。
猫をイメージして「あれ」とか「これ」と言い合っていれば、たぶん意味は通じている。

持ち出した比喩、あるいは類例、例え話が下手でわかりづらかったり、比喩そのものが物議を醸して議論が混乱することもある。
たとえば水野由結ちゃんは鼻筋が綺麗で特に横顔がずいぶん美人なのだが、隣のデスマスクへの配慮として、だいたいは真正面からの写真である。
これについてクレオパトラという単語を使って表現することもできるが、今ひとつしっくりとこないであろう。
クレオパトラといえば、鼻の美しさというのがパスカルの表現で定着しているが、水野由結ちゃんの鼻筋が美しいのは間違いないにしても、そこが最大の特徴というわけではない。
水野由結ちゃんの鼻はずいぶん高いのだが、クレオパトラの名前を使って表現すると、ややこしくなると思う。
水野由結ちゃんの実際の身長は160センチに近いし、かなり見映えはいいはずで、中元すず香の謀略でこれが台無しにされているのは痛ましいが、容姿を絶賛しすぎると嘘になってしまう。
水野由結ちゃんは世界史的人物ではあるが、世界史的な美人ではないし、やはりクレオパトラを引き合いに出すと、比喩が噛み合ってないということになるだろう。
というより、現実のクレオパトラが水野由結ちゃんより美人なのかどうかは疑わしいのだが、なにしろわれわれはクレオパトラの本当の外見を知らないので、想像上のクレオパトラがここでは問題となる。

比喩は正確性を意図しているとは限らず、美文調の詩歌で奇を衒った比喩を使うこともある。
文学的な遊戯である。
いっそのこと「鞘師里保さんはクレオパトラである」くらいの表現のほうが、明らかに不正確なのでむしろいいかもしれない。
大学教育無償化の件だが、幼少期ならまだしも、文盲の十八歳に高等教育をくれてやるのは、骨端線が閉じている大人の身長を改造手術で高くするような無理筋であり、いわゆる有識者の根城である大学そのものを延命させたいのであろうし、底辺DQNとして社会の風紀を紊乱する匪賊と、ポストに飢えている学匪の利害が一致したのであろう。まず根本問題として低学歴は必要であり、低賃金労働という人手は社会に欠かせない。低賃金で普通のことをしっかりやってくれる人材は必要なのである。注意力や言動の安定性が肝要だから、高等教育より感化院を整備しなくてはならない。需要があるのに低賃金なのは稀少性がないからであるし、安いからこそ求められるのでは人生にも限界があり、高等教育に手を伸ばそうとするのだろうが、やはり高等教育の普及で知性が百花繚乱と咲き誇るはずもなく、学がない半端者を増やすだけである。専門家なのに意外と詳しくない人は世の中にたくさんいる。専門家も専門的な単純作業に忙殺されており、たとえば薬剤師の仕事の多くはアマゾンの倉庫作業と大差あるまいし、実のところ無知でも差し支えないわけだ。あるいは医者であれば患者を診ているだけマシかもしれないが、これも専門的な単純作業になりがちであろう。専門家を量産すれば余った人が暇を持て余して勉強するかというと、やはり余るのはレベルの低い人であろうし、あまりよいことはない。俗事について弁護士や司法書士の先生に知見を求めても、こちらが付け焼き刃で調べたことと大差ないこともあるし、自分の陥った問題はいろいろ調べるから患者の方が医者より詳しいこともよくある。うちの近所には評判のいい歯科医が一軒しかなく、そこは患者が鈴なりで満杯だから、やむなく乱杭歯のように立ち並ぶ低レベルな歯科医の何処かに窮民として辿り着くのだが、莫迦のオールスターというか、なぜ揃いも揃ってこんなに腕が悪く見立てが悪いのか不可思議である。これだけ専門家がいるのに賢明さというか見識というか、学がある人がとても少ないのである。教養人がメディアの走狗たる文化人に堕したことで、知識の虚しさは露呈され壊死したが、やはり戦前の教養ある人物は極めてレベルが高いし、滅びたとはいえ彼らの遺灰は価値が違うのである。たくさんの人を高学歴にするとレベルが下がってしまうので、少数精鋭の方が望ましい。話を戻すが、普通のことをしっかりとやれる人材は必要なので、低賃金で諦めてもらうか、もしくは格差を減らすべく最低賃金で工夫することになるだろう。同一労働同一賃金の発想はよいし、大企業の正社員の能力が非正規と大差ないとしたら、その格差は埋めなければならない。ともかく単純労働者は増やす必要があるので、根絶やしにしようとするのは阿呆と言うしかなく、エリートの粗製乱造くらいに可笑しなことはないので、悪貨を増やすなというか、法科大学院の轍を踏んではならない。頭の悪い人間が専門家になれば害悪であるし、貧困の連鎖は個人の不幸だが、高学歴の連鎖は人間知性を蝕む後難となるから、普通のことをしっかり出来たほうが遥かに素晴らしいという認識を持たなければならない。それに、婚活おばさんでもなければ、専門家と単純労働者に優劣を付けても仕方あるまいし、本当に着目すべきは同じ専門家でもかなり腕前の差があることなのである。結婚が人生最大の目的で、その手段として正社員や専門家を目指すというのでは腕前に関心がなく、天命を知ることから遠いのも致し方あるまい。だいたいわれわれが本当に結婚したがっているかかなり疑問であり、為政者や役人や記者クラブによって結婚願望が捏造されている側面もある。独身でなければ物事を極められないというのは古来からの真実でもあるし、独身貴族という言葉は伊達ではない。論旨がぼやけてきたのでひとまず筆を置くが、半端な専門家はいなくていいし、単純労働者の方が必要なのである。
とりあえず書いてみることで思考を整理するのは稚拙なやり方である。例えば詰将棋であれば、頭の中で考えるべきであり、実際に駒を動かして考えるのはおかしい。とはいえ実際の対局でなければ、駒を動かしてみて考えることだってあり得るだろう。つまり、駒を動かさないで先まで読んでいくのが理想なのであるが、とりあえず駒を動かしてみてから考えるしかないこともある。これは良し悪しであり、やはり駒を動かさないでもわかるほうがいいのは間違いないから、やや低次元のアプローチとして、とりあえず駒を動かすという思考法があるのである。詰将棋の話は喩えであるが、現実の人間の行動について駒を動かしてから考えるのはどうかというのが主題である。言うまでもなく、とりあえず行動してみるのは短絡的であるから、先まで手が読めているのが理想なのだが、それだと埒が明かないこともある。あるいは書くだけ書いてみて、ようやく思考が走るということもある。文字で書かなくても概念的に思索できている方が理想なのだが、書いてみてようやく整理できることもある。書くだけ書くというのはあまりいい方法ではないし、場当たり的な思考と言えるから、本来ならやりたくないのだが、それで得られることもある。場当たり的に行動するのと場当たり的に書いてみるのは、もちろん後者の方がダメージは少ないのだが、いわば愚直というか頭の悪いやり方なので、何でもかんでも書くのが習慣として身についているのはよろしくない。駒を動かしてみないと手筋がまったく見えないことがあるので、人生においてやむを得ず駒を動かす、つまり行動してから考えるのは時としてありだろうが、思いつきの行動を繰り返すのはよろしくないのである。
われわれのように五体満足な人間と違って乙武は手足がないからひとりで大便をするのも困難であろう。とはいえ、われわれがトイレや下水道やトイレットペーパーを作ったのかというと、あくまで社会として作ったのであり、たまたまそれらの生産に携わっているとしても、社会に数多とあるインフラのひとつを整備するのに関わっただけである。鉄道や飛行機や発電所やタワーマンションまでは作っていまい。さて、ともかくそれらは文明の手足であり、乙武の車椅子と何処が違うのかということである。たまたま駅があって鉄道が走っているわけではない。五体満足だと社会的インフラが身体に馴染むだけであり、乙武のような人、いや、乙武くらいになると無敵の特権階級かもしれないが、ごく普通に障害がある人だと、文明の利器を手足同然に用いるのが困難なのである。やや話は変わるが、わたしは最近タッチパネル対応のノートパソコンを購入した。ヒューレット・パッカードのSpectre x 360の安めのモデルである。画面の解像度は1920*1080である。ここまで述べてきたように、道具は手足である。ノートパソコンにタッチパネルの機能が付くと、やはり手足が増える。とはいえ、ノートパソコンにタッチパネルというのは、あまり使い所がない。もちろん微かな利点はある。ノートパソコンを持って外出するとして、マウスがないとすれば、タッチパネルはタッチパッドより明らかに操作しやすい。だが、マウスがある環境であれば、やはりマウスの方が素早いのでタッチパネル機能は使わない。kindleは未だに紙本をスキャンしただけの固定レイアウトのものがあり、画面が小さいと読みづらいし目が潰れるのだが、タッチパネル対応だと、数秒で縦画面にして見られるので眼精疲労もなく、固定レイアウトの電子書籍を読むならタッチパネル対応の方が優れていると言える。とはいえその用途ならiPadのでかいやつか、もしくは10インチのAndroidでも実用に耐える。そもそも外部ディスプレイというのがあり、4Kディスプレイでも27インチが五万円から十万円程度である。高解像度のノートパソコンがあまり存在しないのは、これが大きな理由であろう。タッチパネル対応の高解像度のノートパソコンは20万円くらいするので、たぶん10万円未満のノートパソコンと外付け液晶ディスプレイの組み合わせのほうがコスパがよいだけでなく、動画やゲームなら大画面の方が圧倒的であろう。道具は手足ということについては、とにかくマウスが侮れない。タッチパネル機能はマウスに勝てない。だがマウスは机に向かうことを前提にしており、机から離れた場所で使うにはスマホやタブレットの方が優っていた。さて、そのスマホと車椅子は何処が違うのかというと、人権問題という思想文脈はともあれ、文明という手足への全面的な依存という点において径庭はあるまい。われわれは手付かずの自然に生きているわけではない。誰もが文明という車椅子に乗っている。時としてスマホで電話しながら運転する阿呆が出てくるが、あれは乙武の車椅子と同じ傍若無人さであろう。車椅子にもマナーが必要であるし、障害者すべてが乙武のようなメンタリティの持ち主ではあるまいから、車椅子の側が譲るべき時だってあるし、思慮分別のある障害者もいるだろう。タッチパネルに触れるだけで操作できるバリアフリー感についても、やはり身体とシームレスであるから自由自在であるわけだが、その文明の根底についてたまには思索してみるべきである。
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以前から告知されていたが、有村悠さんが鹿島田を離れる日程が決まったそうである。
100歳を過ぎていた祖母が亡くなったので年金が途絶えたのが原因だとわたしは勝手に想像しているが確たる証拠はない。
ともかく何らかの理由で引っ越されるのである。
相変わらずママンと同居を続けることについては、同人誌の収入がお小遣いという貴族生活を維持したい甘えであろうし、まったくの無収入ではないから一人暮らしは可能という批判もあるだろうし、6月11日のお誕生日で39歳になることを踏まえると人倫に悖るケダモノという御意見もあると思われるが、若いならまだしも39歳だからこそどうにもならないのが現実である。
だいたいママンと離れたからどうなるわけでもない。
物理的な距離の近さと、存在としてのアクセスの距離は別であり、かなり近場でも縁遠いことはある。
有村悠さんで言えば、東大から徒歩五分のところに棲んでいたのに不登校であった。
所詮はド田舎のガリ勉だから、どれだけ物理的な距離を縮めても、エリート東大生とは接点がなかったのである。
隣家に豪邸があっても自らが安普請なら、別の宇宙と言って差し支えあるまい。
存在の接点とはそういうものであり、物理的な距離はさほど重要ではない。
ママンとはどれだけ物理的に距離が離れても心はいつも隣り合わせであろうし、物理的な距離で関係性を変えるというのは、九州の山奥から上京して東大の側に住んだような悪あがきと同じであろうから、ママンと離れる意味はなく、同居したほうが家賃の節約になる。
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